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リングの妖精4

第4話「パワーvsテクニック」




 熱狂のるつぼにある会場に現れたのは、身長200cmを優に越す魁偉な体躯を茶色のボディスーツに包み、その上に皮ジャンを羽織った女であった。これだけ身長があればひょろりとした体躯になりそうなものだが、鍛え上げた筋肉ががっしりとつき、ほぼ城砦といって良いだろう。
 日本マットに上がってこれが3戦目となるが、1戦目では中堅レスラーが相手をしたが、何一つ良いところを見せることもできずに失神KO、2戦目ではアイドルレスラー3人を相手にしてハンディキャップマッチを行ったが、一人は失神、1人は逃亡し、最後の1人はギブアップすることもできないまま制限時間いっぱいまでいたぶりぬかれ、今では彼女の雑用係と化している。
 黒船の来寇にあっという間に窮地に立たされるBPWA正規軍。最後の望みとしてリングに上がるのは押しも押されぬ正規軍のトップである月嶋雫だった。



「青コーナー、モーストデンジャラスモンスター、アンジェラ・タイタン~!!」


 アナウンスにマッスルポーズでアピールするアンジェラだが、観客席からはブーイングしか飛んでこない。しかし、それに気を悪くした様子も見せずにニヤニヤと品のない笑みを浮かべている。そして、コーナーに戻り、皮ジャンを脱ぎ捨てる。その下に現れたのは隆々と盛り上がった筋肉の束だった。
 雫のコスチュームは、ハイレグ気味の白いワンピースに、青の布製のビキニアーマーをつけた、通称ヴァルキリースタイルである。ファッションモデル顔負けの容姿を誇る雫にはものすごい数のコスチュームの投稿がある。その中のセンスの良いものからコスチュームを作ることで異なる分野からファンを増やしていく、多角経営戦術の賜物である。しかし、雫自身は純粋にプロレスラーとしていたいのだが、上層部は雫を前面に押し立てて団体を復興させたいため、雫はそれに従わざるを得ない。


「赤コーナー、究極のベビーフェイス、月嶋~、しず~く~~~!!」


 とたんに爆発的な声援が会場を揺るがす。類稀な美貌だけでなく、実力も兼ね備えた雫は、プロレス界のスーパースターなのだ。
 200cm超のアンジェラと、162cmの雫、対峙してみると、大人と子供の方がよほど対等だろうと思えるほどの体格差である。


『かわいい顔をしてるね、いい雌奴隷になりそうだ』


 英語で馬鹿にしたように言うアンジェラ。巨体に怪力、そしてごつごつした容貌と、ヒールレスラーの条件を満たしたアンジェラだが、そのコンプレックスは深い。来日してからの暴れぶりもそのコンプレックスによるものが大きい。今回の対戦相手は日本でも有名なアイドルレスラーらしい。実力も美貌も兼ね備えた目の前の小娘がどんな顔をして泣き喚くか、想像するだけでコンプレックスから来る昏い喜びが背筋を走る。


『体が大きくて力があるから自分が強いと錯覚しているのね。私がこの場で目を覚まさせてあげるわ!!』


 対して、体格差に怯えの色も見せずにアンジェラによく分かるよう、英語で雫が言い放つ。表情にも声にも意志の強さがみなぎっていた。
 不敵な雫の言葉にこめかみをひくつかせたアンジェラは、それ以上軽口は叩かず右手を雫の頭に伸ばした。雫はその手を払いのけようとするが、まるで大木を相手にしているかのようにびくともしない。


「あ・・・・・・!!」


 雫の小さな頭部がアンジェラの手にすっぽりと収まった。まるで万力にかかったかのような痛みが雫を襲う。


「あああああああああっ!!」


 頭蓋骨がみしみしと音を立てる。あまりの苦痛に意識が白くなり、雫は自分が悲鳴を上げていることにも気づかなかった。


「ゴング前だからね、この程度で終わらせてあげるよ」


 余裕たっぷりに雫を解放したアンジェラ。意識が混濁した雫はぺたりとマットにへたり込んだ。へたり込んだ雫を横目で笑い、アンジェラはそのまま自分のコーナーへと戻る。へたり込んだ雫もまた、悔しさをこらえながらコーナーに戻り、体を屈伸させて身体の調子を確かめている。


 カーン!!

「うがああああぁぁぁ~~~~~~!!!!」


 ゴングが鳴り響き、リングを揺るがしながらアンジェラが雫に向かって突進してくる。まるで猛牛のような突進だ。並の度胸の持ち主なら威圧感に押されて棒立ちになり、そのまま吹っ飛ばされてしまうだろう。しかし、フェアリーは並ではなかった。


「それっ!!」


 正面からぶつかると思わせて、まるで体操の跳馬のようにアンジェラの上で前転し、そのまま反対側のロープに駆け寄る。そしてロープ最上段に飛び乗り、器用に体を操ってアンジェラにウラカンラナを仕掛けた。


「なぁーーっ!?」


 これまでの相手ならアンジェラが突進してくるとおびえて逃げようとするだけだった。しかし、フェアリーのように真っ正面から意表をつかれたのは初めてだった。
 とっさに動きのとれないアンジェラの首に足をかけ、そのままくるりと後方回転に移行するフェアリー。


「フォールッ!!」


 とっさの早業にカウントをとることを失念したレフェリーに、雫の叱咤の声が飛ぶ。


「え・・・?あ、ワン、ツー、スリ・・・!!」


 あっけにとられたアンジェラはカウントがとられていることにも気づいていないように身動きをとらない。そして、カウントが3つ入る寸前で雫は自らフォールを崩した。そして、倒れたままのアンジェラを見下ろし、ちょいちょいと手招きする。


「さっきの借りは返したわ。ここからが本番よ!!」

「うがあぁぁぁーーーっ!!!!」


 手加減された、その屈辱で頭をいっぱいにしたアンジェラは頭に血を上らせたまま立ち上がった。


「行くわよっ!!」


 気合一閃、雫のジャンピングニールキックがアンジェラを襲う。勢いをつけたかかとがアンジェラのあごに見事にヒットしたが、筋肉の城のようなアンジェラの肉体は小揺るぎもしない。


「やっぱり強いわね・・・・・・」


 どこから攻めるか、かすめただけで雫の細い肢体が吹き飛びそうなアンジェラの猛攻をかわしながら思案する。ここでアンジェラが丸太のような右腕を振り回し、雫に激突する寸前、雫は体をかがめてかわすと同時にラリアートの勢いで体の泳いだアンジェラの右腕に取り付き、飛びつき式腕十字固めにとった。


「ぎゃああああああああ~~!!!!」


 腕の関節をあらぬ方向に曲げられる激痛に絶叫するアンジェラ。しかし、雫も予想以上のアンジェラの怪力に密かに焦りを感じていた。


(なんて力‥‥‥!!後もう少しで完全に極まるところだったのに!!)


 雫がアンジェラの右腕を空中で捉え、マットに引き倒すとき、アンジェラは力任せに右腕から雫を振り払おうとした。その結果、振り払われることはなかったが、雫の腕十字固めは完璧には決まらなかったのだ。
 このままではギブアップは奪えないと分かる以上、雫の判断は速かった。アンジェラがひときわ右腕に力を込めて雫をふりほどこうとしたその瞬間腕十字固めを解き放ち、意表を突かれて大きな隙を作ったアンジェラの両腕をとり、すぐさま丸め込む。


「‥‥‥!?なーーーっ!?」


 アンジェラが気付いたときには、アンジェラの両腕と右脚は雫に固められ、自由に動かすことができるのは左足だけとなっていた。


「ワン、ツー、」


 アンジェラが丸め込まれたことによりレフェリーのカウントが進む。慌ててかろうじて自由になる左の膝で雫を蹴って引きはがそうとする。


「くっ、くぅっ」


 アンジェラの膝蹴りで雫の細い肢体は激しく揺さぶられるが、雫は意地でもアンジェラを放そうとはしない。


「‥‥‥スリー!!!!」


 レフェリーのカウントが3つ入り、雫はアンジェラから体を離した。結果としてはフェアリーの圧勝だったが、その実アンジェラの予想以上の強さには冷や汗をかいただけに雫の安堵も大きい。
 両腕を広げ、胸を反らした雫に会場中から歓声が飛ぶ。しかし、それで収まらないのはアンジェラだった。


「あのガキ‥‥‥‥‥‥!!」


 自分のコーナーに戻ったアンジェラは、歯を噛み、拳を震わせながら雫を睨み付ける。


(まだまだこれからが本番という訳ね‥‥‥)


 まるで相手を睨み殺そうとするかのようなアンジェラの視線を受けながら、これからの前途を思い、ため息をつく雫だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


カーン!!

 2本目開始のゴングが鳴り響き、雫はファイティングポーズをとってアンジェラに向かっていく。


「‥‥‥?」


 両腕を振り回して捕まえようとするアンジェラに、それをかいくぐる雫。1本目と全く同じ展開に、雫だけでなく観客も不審に思い始める。そして、アンジェラとレフェリーの中に雫が来たとき、試合が動いた。


「ふぅぉっ!!」


 それまでタックル一辺倒だったアンジェラが突然パンチを仕掛けてきたのだ。とっさに横に飛び退いてそれを避けた雫だったが、レフェリーはそうも行かなかった。雫が視界を遮っていたため、レフェリーは何が起こったかもわからずにアンジェラのパンチでノックアウトされてしまった。


「えっ!?」


 思わず後ろを振り返ってしまった雫に、アンジェラの手が伸びる。


「ああっ!!放してぇっ!!」


 髪をつかまれて身動きのとれない雫に、アンジェラのボディブローが突き刺さった。それまでのうっぷんを全て込めた一撃は、雫の薄い腹筋をたやすく突き破る。


「う‥‥‥‥‥‥、うぷぅ‥‥‥」


 ただ一撃で雫の足は完全に奪われた。アンジェラにすがりつくようにしてかろうじてダウンを免れた雫だったが、アンジェラの攻撃はまだ終わりではなかった。今度は雫を首相撲にとり、痛烈な膝をぶち込む。腹部、胸をアンジェラの膝で打ち抜かれ、20発も打ち込まれた雫はダウン寸前の状態だった。


「ふん、これで終わりと思ったかい?まだこれからさ!!」


 腰が砕け、崩れ落ちる雫の顔面に、狙いすました右のスマッシュが打ち込まれた。フェアリーの肢体が文字通りに吹き飛びロープに腕を引っかける形で止まった。


「ぅく‥‥‥‥‥‥ッ」


 すでに意識も朦朧としているのだろう。そのまま前に崩れ落ちようとするが、それをアンジェラは許さない。大きくためを作り、渾身のボディブローが雫のボディに突き刺さる。


「おぼぉ‥‥‥っ!!」


 雫の両足がボディブローの衝撃で浮かび上がった。大きく開いた口から胃液が飛び散る。


 どぼぉっ!!


 さらにアンジェラのボディブローが打ち込まれる。今度は踏みとどまることもできず、顔面からダウンしようとする雫。


「これでとどめにしてあげるよ!!」


 倒れ込もうとする雫の頭部を脇に固め、ヘッドロックで締め上げる。
 大人と子供に等しい体格差のアンジェラの渾身の締め付けは雫の頭蓋を軋ませ、フェアリーは激痛のあまりあっという間に失神した。


「おら、一丁上がり」


 アンジェラが足で雫を仰向けにひっくり返すと、無惨にも白目を剥いて失神しているのが明らかになった。
 ようやく立ち上がったレフェリーが10カウント数えたが、雫はぴくりとも動かず、あえなくKO負けとなった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 1勝1敗のイーブンとなった両者だが、まだまだ余力を残しているアンジェラと比較して、可哀想なほどに雫はダメージを負っていた。
 悠然と歩み寄るアンジェラに対し、ふらふらとファイティングポーズをとろうとする雫。第3戦のオープニングヒットは雫からだった。


「行‥‥‥くぞ‥‥‥‥‥‥!!」


 まだ第2戦のダメージが抜けきれない体に鞭打って、雫はロープの反動を利用してドロップキックを繰り出した。


「く、うっ!?」


 速さもなければ高度もない低空ドロップキックだったが、油断していたアンジェラの膝をめがけて打ち込まれたそれは、余裕を見せていたアンジェラの顔を苦痛に歪ませるには十分だった。


「こっの、ガキィッ!!」


 しかし、雫の攻撃もそれまでだった。立ち上がり、もう一度ドロップキックを放とうとしたそのとき、アンジェラの驚異的な踏み込みから放たれたラリアットが雫を吹き飛ばした。


「あ゛うっ!?」


 成す術無く雫の肢体が宙を舞い、そして重力に引かれてマットに叩き付けられる。


「ちょろちょろと目障りだからねぇ。まずは羽根をもぎ取らせてもらうよ!!」


 うつぶせに倒れた雫の首の後ろを押さえたアンジェラは、もう片方の腕を頭上に上げ、拳を握りしめる。雫の華奢な肢体と比較すればあまりにも凶悪なそれを、雫の命綱である足をめがけて振り下ろした。


 めりぃっ!!

「あああああああああああああああぁぁぁっ!!!!」


 雫の左太股に、アンジェラの右拳が深々とめり込んだ。雫の体が反り返り、上げられた顔は容姿が秀麗な分、あまりにも悲痛に歪んでいた。大きく見開いた瞳に、口が裂けるのではないかと思うほどに開かれた口、そして足が破壊される苦痛からの絶叫。


「ふふん、良い声で鳴くねぇ。今日は声が嗄れるまでつきあってあげるよ!!」


 雫の絶叫ににんまりと口を歪めたアンジェラは無慈悲に拳を振り下ろす。


「あぁっ!!あぎぃっ!!あ、足‥‥‥くひぃ!!私の足がぁ‥‥‥‥‥‥」


 2発、3発‥‥‥、振り下ろされるごとに悲鳴が上がり、雫の右脚が破壊されていく。染み一つない綺麗な脚線美を誇る雫の美脚が、アンジェラが手を休めるときには無惨にも紫色の内出血で染め上げられていた。


「ぐうぅ‥‥‥」


 鈍痛をこらえながら、それでもアンジェラを睨み付ける雫。雫の気の強さが気に入ったのか、アンジェラはにやりと笑い、雫の髪を鷲掴みにし、立ち上がらせた。


「こ、このぉ‥‥‥‥‥‥‥」


 右脚は手ひどく痛めつけられたものの、左足はまだ無事であるため、かろうじて自力で立つことはできる雫。気力を振り絞ってアンジェラの拘束から逃れようとするが、その瞬間、とっさに両腕をお腹の上で組み合わせた。


 ごっ!!

「ふぶっ!?」


 両腕のガード諸共雫のボディにめり込んだのはアンジェラの鉄拳だった。とっさのガードもアンジェラの前では紙のようにもろかった。


「まだまだいくぞ、しっかりガードしなぁっ!!」


 アンジェラのその言葉に、雫は必死にガードを固めるが、暴力の嵐の前に、そのガードはもろくも崩れ去った。


「あ、あぐぅっ!?」


 先ほどの一撃で痺れた腕をめがけ、アンジェラのパンチが殺到する。そして、ガードは弾き飛ばされ、雫のボディにアンジェラのパンチがまともにめり込む。目を大きく見開いた雫はとっさに口に手を当ててこみ上げる吐き気を何とか飲み下す。


(これ以上の醜態はさらせない‥‥‥!!何とか、何とかこの場をしのぎきる‥‥‥!!)


 左足は潰され、持ち前の身軽な動きを奪われた雫だが、その闘志はまだ消えてはいなかった。
 アンジェラの渾身の右フックが立つのがやっとの雫に向けて放たれた。この一撃が決まればこれまで驚異的な粘りを見せてきた雫も立つことはできないだろう。


「なぁっ!?」


 しかし、その必殺の一撃は空を切った。そしてアンジェラの意識はその瞬間の後、あごに衝撃を受けた時点でとぎれた。


 ごっ!


 身をかがめてアンジェラの右フックをかわした雫は、カウンターの掌打をアンジェラのあごに命中させたのだ。目に見えてアンジェラの顔が弛緩し、足腰が砕ける。
 雫の反撃に、必死になって声援を送っていたファンの歓喜が爆発した。轟々と観客の声援で会場が揺れる中、最後の力を振り絞った雫のジャーマンスープレックスでアンジェラが投げ飛ばされた。


「レ‥‥‥フェリー、‥‥‥‥‥‥カウント‥‥‥!!」


 左足はもう感覚もないが、雫はバックドロップホールドの体勢を留めていた。レフェリーのカウントが入る。それには観客の声ものせられていた。


「ワーン!ツーゥ!!スリ‥‥‥!!」


 しかし、スリーカウント寸前でアンジェラが肩を上げた。


「あーーーっ!!!!」


 会場中の観客が失望の声を上げる。
 このままダブルノックアウトか、と思われたが、雫がダウンカウントをとられるより先に動きだした。のろのろとした動きだが、観客の声援に応えるように確実にアンジェラの首に腕を回し、そして胴締めチョークスリーパーの体勢にはいる。


(終わって!!これで‥‥‥終わって!!)


 完璧に体勢は決まっているが、これまでのダメージで体に力が入らない。ここで、アンジェラがゆっくりと立ち上がろうとする。仰向けの状態からうつぶせに転がり、四つんばいになって立ち上がろうとする。


「く、うぅ‥‥‥。ここで‥‥‥ここまで来て‥‥‥‥‥‥、負けられるか‥‥‥」


 体を後ろにそらしてアンジェラの首を締め上げる雫。そして、のろのろと立ち上がろうとするアンジェラ。膝立ちになり、ゆっくりと立ち上がるアンジェラに、雫の絶望が次第に深まっていく。


(そ、そんな‥‥‥。ま、負ける‥‥‥‥‥‥?負けられないのに‥‥‥‥‥‥!!まだ倒れるわけにはいかないのに‥‥‥‥‥‥!!)


 ここでチョークスリーパーが引きはがされれば雫にはもう抗う力は残っていない。絶望に身を焼かれながら、それでも一縷の望みをかけてチョークスリーパーを維持する雫だったが、彼女を待っていたのは奈落の底への浮遊感だった。


「あ‥‥‥‥‥‥」


 アンジェラが完全に立ち上がり、そのまま後ろに倒れ込んだのだ。
 観客の悲鳴が会場に響き、両者とも動かなくなった。


(あ、あぁ‥‥‥?私は‥‥‥‥‥‥確か‥‥‥、‥‥‥ッ!!ま、負けた‥‥‥!?負けちゃった‥‥‥‥‥‥!?ううん!!まだ!!)


 両者ともピクリとも動かずレフェリーがダウンカウントを取り始める。


「ダウ~ン!!ワン、ツー‥‥‥!」


 しかし、ここで雫の体がピクリと動いた。次いで、ばたばたと、腕を動かし、立ち上がろうと藻掻く。観客の声援に、試合がまだ終わっていないことを悟り、なんとしても立とうと足掻いているのだ。


「おぉーーっ!!!!」

「立てーっ!!立ってくれーっ!!ここまで来たら勝ってくれぇーーーっ!!!!」


 観客の、声援を通り越した絶叫が雫の今にも崩れ落ちようとする体を支える。


「く、くあぁ‥‥‥‥‥‥!!」


 リングロープにたどり着き、しがみつこうとしてマットに崩れ落ちる。そのたびごとに観客が嗄れたのどに鞭打って声援を送る。


「ファイブ‥‥‥シックス‥‥‥!!」


 レフェリーのカウントが進む。ここで、アンジェラも意識を完全に取り戻すまでには至らなかったが動き始めた。
 既に悲鳴のような観客の絶叫にレフェリーのカウントもかき消されがちだが、雫もアンジェラものろのろと立ち上がる。リングロープにすがる体勢で雫が立ち上がることに成功した。しかし、ここからファイティングポーズをとらなければダウンしていると見なされてしまう。


「セブン、エイト‥‥‥‥‥‥!!」


 アンジェラがひじを突いたまま体を起こそうとしてそれ以上動けない。雫は両腕を震わせながらじりじりとファイティングポーズをとろうとする。


「‥‥‥ナイン‥‥‥‥‥‥!!」


 ここで、アンジェラがマットに崩れ落ちた。雫は両腕を顔の前に構えたまま立ちつくしている。レフェリーが頭上で腕を交差させ、試合終了を告げた。10カウントは入っていない。フェアリーの大逆転勝利だ。
 どっ!!と、観客の声が飽和した。その中、勝ち名乗りをさせようとして雫に近づいたレフェリーが慌てて担架を呼ぶ。
 勝者、敗者ともに担架で運ばれ、メインイベントは終了した‥‥‥‥‥‥。



 勝者の雫は、結局左足や内臓に多大なダメージを受けたことで2週間入院することとなった。敗者のアンジェラは、雫に比べ、ダメージは軽く、病院にも通わないままリングで暴威を振るっている。


「‥‥‥もう何度も駄目だと感じました。もう体が動かない、もう勝ち目なんて無い、と‥‥‥。でも、そのたびごとにファンのみなさんの声援が届きました。私が勝った理由はただ一つ、ファンのみなさんの声援に背中を支えられていたからです‥‥‥‥‥‥」


 入院中の雫の勝者インタビューだったが、アンジェラから受けたダメージで、パジャマの端々から包帯が除き、痛々しさを見せていた。しかし、雫の表情は清々しいものがあった。アンジェラという怪物を相手に、それでも自分の心は折れることはなかったことが自信となっているのだ。



 しかし、それも入院1週間を過ぎるまでだった。
 テレビの中では、敗北寸前まで雫を追いつめたアンジェラが、血塗れとなって失神していた。そして、血に濡れた凶器を握りしめていたのは‥‥‥。


「雫!!テメェがやっとこさで倒した奴は今こうなってるぜ!!テメェのレベルはこんなもんだ!!覚悟しておけ!!次の相手はおまえに決まったぜ!!次はおまえがこいつみてぇになる番だ!!」


 かつて、雫にとってどうしても越えられなかった壁、ヒール軍のトップ、そして前回のフェアリーとの対戦以来、行方のしれなかったブラスター狂子だった。
 その翌日、雫はブラスターとの対戦が本当に組まれていたことを知る。雫が退院して1ヶ月後の対戦、それはノーレフェリーノールールのデスマッチだった。



 あまりにも過酷な対戦、そして過去最大の相手に、雫は女子プロレス界に名を残す大激戦を繰り広げることとなるのであった‥‥‥‥‥‥。

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